福岡アジア美術館で行われている児童の絵の展示会に、娘の絵(太宰府天満宮の絵)も展示されたので、見に行ってきた。
展示は8階にて、11日火曜日まで。
(会期短〜い!たくさんの人に見てもらいたいのに、もったいない。)
でも、アジ美は、夜8時まで開いてるのがいいところ。

福岡都市圏の小学生の絵が、たくさん展示してあるのだけど、
賞なんか関係なく、どれも、いい!
躍動感あるもの、意外なほど冷静な目で描かれているもの。
こどもたちの、「視点」や「感性」が、あふれていて、嬉しくなった。

一部の作品には、描いた子のコメントが添えられている。
そのコメントがまた、とても「いい!」のだ。

「とうちゃんのしごと」という小2の男の子の絵では、
真っ黒に日焼けした庭師のお父さんが庭木を剪定していて、それを手伝う自分の姿が描かれている。
コメントには、「とうちゃん」のしごとを頑張って手伝った事、そして
「仕事に使う大バサミを見せてもらいました。大きくてかっこよかったです。」と。
お父さんをすごいなあと尊敬する気持ち。ストレートな表現にとても好感を持った。


愛犬にブラシをかけている様子を柔らかな色調と ほのぼのとしたタッチで描いた絵は 小3の男の子の作品だった。
「ぼくの大切な犬にブラシをかけているところです。
ブラシをかけるときは やさしく、なでるようにかけます。
かく時も やさしくなでるようにして かきました。」
うんうん。ワンちゃんを可愛がっているんだなあ、ほほえましい。(^^)


大きな魚を釣り上げたところを生き生きと描いたのは、たしか小5の男の子だった。
コメントには、お父さんよりも大きな魚が釣れた時はとても嬉しい事、
そして
「釣りのこと、海のことをたくさん教えてくれた小豆島のおじいちゃんが、天国から見えるように、大きく魚をかきました。」
と、書いてあった。
これには、思わず、目頭が熱くなり。。。


たくさんの人に、ぜひ見てもらいたい作品展だと思う。











2007.12.09 Sun l アート l COM(0) l top ▲
29日みどりの日は なかなか濃い一日でしたー。
午前中はベランダガーデン打ち合わせ。
色々調整した結果、決定となり、ホッと一安心。

その帰りにアジア美術館に寄り、「建築パース展」(会期は今日まででした)と「ミュシャ展」を見ました。

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パース展のほうは、「すごー!」と、ひたすら感心。
CGが上手な人は、手描きも上手なんだなあ。
こういうの作るのにどれくらい労力がいるんだろう。

会場に、
「おかあさーん。ねえ〜。帰ろうよ〜。。。」
と子供から何度も急かされながらも、じーっと作品に見入ってる女性がいて・・・。
その姿を自分とだぶらせつつ^^; ほほえましく感じたりして。

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ミュシャ展のほうは、かなりの量の作品が展示してありました。
パターン的には似たような感じのものが多いので、
最後のほうはちょっと食傷気味になってしまった・・・。^_^;

それにしても、ミュシャという人。
もし現代にいても、きっと売れっ子になっただろうなー。
画力だけでなく、構成力や、時代・モードを読む力も優れているから。
黄道12宮

四芸術・ダンス


長い髪をうねらせ、女性らしい曲線を強調するポーズをとり、あくまでも魅惑的に描かれている女性たち。
私はなんだか漫画を思い浮かべてしまった。
例えば北条司(キャッツアイを描いた人)とかの、
「魅惑的な美女を描くのが得意な漫画家」っていますよね。
ああいう感じ??

ミュシャ作品は、写実的な部分と、デフォルメされた部分が調和してる。
でもそのデフォルメは、あくまでも品格があり、気品を失わない。
衣装も装飾品も、当時のモードからみても相当高感度のものだったのではないかと思う。

そして 作品を縁取る、特徴的な「枠」。
この枠が、現実から、その絵の語る「仮想」の世界への結界的役割をしてるような気がする。

背景に描かれた、植物や動物、身近ないろんなものを
パターン化した図柄は、それだけ見ても、相当イカスー。



で、膨大な作品をみてかなり疲れたのだけど、
元気振り絞り、大野城の「たけのこパーティー」へと出かけたのでした☆
〜続きは次回〜。
2007.05.01 Tue l アート l COM(0) l top ▲
お友達の川島雅人さん(樹家設計)と、藤崎貴子さんのアートワーク「和敬静寂」。
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「アートをたずねる月2006」のイベントのひとつ。
場所は冷泉荘ウラニワ。
最終日にやっと行って来ました。
携帯カメラしか持ってなくて後悔。


藤崎さんとは、何度かメールでのやり取りはあったものの、
お会いするのは初めて。
川島さんは隣でモミジを植えていて、そのざくざくと土を掘る音と、
土の匂いにいやされながら、お話ししました。

ウラニワへいざなう、半地下のアプローチには、「雑草」という作品が。↓
藤崎さんが客室乗務員時代に集めた各国の空き瓶に、雑草をいけてあります。
与謝野晶子の「雑草」という詩も紹介していただきました。
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雑草こそは賢けれ
野にも街にも人の踏む
路を残して青むなり。

雑草こそは正しけれ、
如何なる窪も平らかに
円く埋めて青むなり。

雑草こそは情けあれ、
獣のひづめ、鳥の脚、
すべてを載せて青むなり。

雑草こそは尊けれ、
雨の降る日も、晴れし日も、
微笑みながら青むなり。

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雑草


↓背景の、朽ちかけた木戸に、ワレモコウと蝶。
わたし、これ、好きでした。
蝶

↓真ん中にあって、存在感を発揮していた大作。
藤崎さんに生け花を教えてくれた、亡きおばあさまの名前がついていました。
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↓中は栗でした^^。
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とても印象に残ったのは、まだ20代の(私よりひとまわり年下かな)藤崎さんが
「朽ちていくもの、老い、のようなものにとても興味があるのです」
というふうにおっしゃっていたこと。
祖母の死も影響してるのかもしれません、と。

そう。
「身近なひとの死」というものが、教えてくれたり、与えてくれたりするものって、確かに、ある。
わたしも、祖父や祖母の闘病や死を経験したことで、大きな影響を受けた。
なによりも、「人生は限りあるものだ」ということ。
「ひとは、たとえ病床で意識がなくても、たとえ亡くなっても、誰かにいろんなことを教え、影響を与えることができるのだ」ということ。
そんなことを、思い出しながら、帰りました。

帰り道に撮った「雑草」
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2006.11.02 Thu l アート l COM(2) l top ▲