4日の西日本新聞朝刊「春秋」欄に載ってた話題なので、
読んだかたも多いと思う。
高知県南国市後免(ごめん)町が、その名前にちなんで
毎年募集する、いろんな「ごめんなさい」。
昨年暮れに本になったそう。
そのタイトルが、「言えなかったごめんなさい」(竹書房)
で、49歳の男性からの「ごめんなさい」が紹介されていた。
***********************
<父が入院し、母が土方仕事で生活を支えていた時、わたしは中学生>・・・
<ある日の土産は寿司だった。
工事終了祝いの食べ残しと知り、そんなもの食えるか、と畳にぶちまけた。
「ごめんね。」
母は私にあやまり、寂しそうに後片付けをした。(中略)
・・・母さんの苦労が身にしみる歳になりました。
「本当にごめんなさい。」>
これを読んだ時、最初は
「バカモ〜ン!なんてことするんだ!」と思ったし、
「お母さんも、なんで謝るんだよ〜。
私だったら、『ぶちまけたの拾って食べなさい。それができないなら、当分ご飯は作ってあげません。』くらい言うんじゃないかな?」
と、思った。
でも、考えてみると、きっとそれは単なるワガママや甘えではなかったのかもなあ、と。
多感な中学生の男の子の、積もっていた、やり場のない寂しさだったのかなあと思えてきた。
おかあさんの「ごめんね。」も、その一件のことについての「ごめんね。」ではなかったのだろうな、と思えてきた。
ちょっと切ないキモチ。
わたしが、「ごめんね」と一番言いたいひとは、やっぱり、母だなあ。
イツマデモ、世話ノヤケル、心配カケル娘デ、ゴメンネ。
お母さん。
読んだかたも多いと思う。
高知県南国市後免(ごめん)町が、その名前にちなんで
毎年募集する、いろんな「ごめんなさい」。
昨年暮れに本になったそう。
そのタイトルが、「言えなかったごめんなさい」(竹書房)
で、49歳の男性からの「ごめんなさい」が紹介されていた。
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<父が入院し、母が土方仕事で生活を支えていた時、わたしは中学生>・・・
<ある日の土産は寿司だった。
工事終了祝いの食べ残しと知り、そんなもの食えるか、と畳にぶちまけた。
「ごめんね。」
母は私にあやまり、寂しそうに後片付けをした。(中略)
・・・母さんの苦労が身にしみる歳になりました。
「本当にごめんなさい。」>
これを読んだ時、最初は
「バカモ〜ン!なんてことするんだ!」と思ったし、
「お母さんも、なんで謝るんだよ〜。
私だったら、『ぶちまけたの拾って食べなさい。それができないなら、当分ご飯は作ってあげません。』くらい言うんじゃないかな?」
と、思った。
でも、考えてみると、きっとそれは単なるワガママや甘えではなかったのかもなあ、と。
多感な中学生の男の子の、積もっていた、やり場のない寂しさだったのかなあと思えてきた。
おかあさんの「ごめんね。」も、その一件のことについての「ごめんね。」ではなかったのだろうな、と思えてきた。
ちょっと切ないキモチ。
わたしが、「ごめんね」と一番言いたいひとは、やっぱり、母だなあ。
イツマデモ、世話ノヤケル、心配カケル娘デ、ゴメンネ。
お母さん。









