先月行った 飯塚の炭鉱王・伊藤伝右衛門邸。



この日、二枚写真を撮ったら、なんとカメラが突然壊れてしまい・・・
あとは全部携帯写真。しかも 室内は撮影禁止

一番素晴らしかったのは白蓮の部屋だったのにぃ〜(>_<)
↓応接室の外側。
幾何学模様の素敵なステンドグラスがはめこまれてました。

写せなかったけど、廊下は矢羽根天井。
眼の錯覚で、船底のように真ん中が下がって見えました。
廊下の床は畳敷きで、パーティでたくさんの人が集まる時に対応できるようになってたらしいです。
↓中庭へ出るためのくつぬぎ石。

↓食堂。

↓庭に出る縁側のくつぬぎ石。さすがに大きい!


↓今はギャラリーとして利用されている建物の窓と、ひさしの裏。
「昔はこうやって窓の桟を漆喰で固めよったとよ」
と傍にいたお年寄りの方が話されてました。


でも なんといっても素敵だったのは、
白蓮(伝右衛門の妻で、歌人)の部屋。
写真が取れなくてホント残念。
京都の職人さんが作っただけあって、小粋で、繊細。
竹を使ったしつらいに、思わずうなりました。
歌を作っている時は 人を寄せ付けず、この部屋で没頭していたのだとか。
炭鉱王・伊藤伝右衛門と 歌人・柳原白蓮のエピソードは、
知ってる人も多いでしょう。
大正三美人の一人とうたわれ、大正天皇のいとこでもあった27歳の白蓮と再婚した時、伝右衛門は52歳。
実に25歳差。
白蓮は35歳の時、7歳年下の東大生 宮崎と恋に落ち、身ごもり、、、
新聞上に「公開絶縁状」を投書し、かけおち。
世間では大スキャンダルになったみたいです。
白蓮は出産後 親類により尼寺に幽閉され、関東大震災後にやっと
宮崎との結婚を許され、その後は宮崎と添い遂げたそうです。
豪邸見たさももちろんあるでしょうが、姦通罪のある時代に、恋を貫いた白蓮の生き様や、伝右衛門の筑豊男らしい豪放さが 今でも人の心を惹き付けるのか、、、
伝右衛門邸は見学客で賑わっていました。
↓これは多少脚色があるようですが、ストーリー性があって、読みやすかった☆
http://www.h7.dion.ne.jp/~wordword/sakuhin/denki/ito_denemon.htm
*最後に白蓮の歌を三つ。*
ともすれば死ぬことなどを言ひ給ふ恋もつ人のねたましきかな
ひるの夢あかつきの夢夜の夢さめての夢に命細りぬ
女とて一度得たる憤り媚に黄金に代へらるべきか
私は三つ目の歌が好き。(^^)